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last updated 1997/09/02

第110話(全130話)

シヘルス国の王子(1/3)




2 シヘルス国の王子

「生け捕りにしろって言うのは簡単だ」銀色髭がほかのスレイヤーたちに言った。「だが、そ
れはドラゴンってもののことを知らないから言えることだ」
「知っていたら、どうだと言うの?」とマリカ。「あなたが何匹ドラゴンを仕留めたかは知ら
ないけれど、ドラゴンのことならこの星に住むものはみんなよく知ってるわ。ドラゴンはこの
星の秩序を守ってくれてるのよ。ドラゴンはひとつの灯台だわ。灯台の明かりがあってこそ、
船は真っ直ぐに進むことができる。ドラゴンの翼の下で、この星はまともに宇宙を巡り続ける
ことが出来るんだわ」
「カイラ国では、まだそんなおとぎ話が語り継がれてるのか」フンと銀色髭は鼻で笑った。「
だとしたら、何故この島はこんなにもひどい有様をさらしてる? ドラゴンが星を守り、自然
を守ってるんだとしたら、どうしてドラゴンはこの島を守らねえんだ?」
 問われて、マリカは口をつぐんだ。その答えをマリカは持っていなかった。
 黙ってしまうマリカの代わりに、荒くれたちの中から誰かが答えた。
「バランスが崩れてるのさ。その噂は君たちだってもう聞いてるはずだ」
 言った声のほうにマリカは顔を向けた。そしてハッと息を飲んだ。マリカの視線の先にいた
のは、あの草原に佇んでいた、幻の少年だった。幻の少年は一歩前へ進み出た。荒くれたちが
彼のために道を開けた。そうせずにはいられないほど、高貴なオーラを、彼は周囲に放射して
いた。彼は続ける。
「星がバランスを崩しはじめてる。だからこそ、いままでは守り神だったはずのドラゴンが変
わってしまったんだ。星が生まれた時から平和で豊かだったこの島が潤いを失い、永遠に涸れ
ないはずの泉の水が干上がってしまったのも、本当はその崩れはじめたバランスのせいなんだ
。ドラゴンが悪いわけじゃない。ドラゴンに罪を被せて仕留めた所で、何も変わりはしないよ
。それはただこの惨状をさらにひどくするだけだ。ドラゴンがこの島にやって来たのは、崩壊
して行く島のバランスを回復させようとしてるってことなのかもしれない。ドラゴンの力をも
ってしても、バランスを修復できずにいるだけなのかもしれない」
「だとしたら、何故あんたは、俺たちと一緒にいる? あんただって、ドラゴンを仕留めるつ
もりなんだろうが」
 言う銀色髭に少年は首を振った。
「ぼくはドラゴンから直接話を聞きたいだけだ。仕留めるのではなく、生け捕りにするのが目
的だと聞いたからこそ、ぼくはここへ来た」
「あなたは?」
 少年の言葉よりも、少年の容姿に息を飲んでいるマリカが尋ねた。
「ぼくはシヘルス国の王子です。名はルーワン。はじめてお目にかかります、マリカ姫」
 よろしくお見知り置きを、と深く一礼されて、マリカも姫君らしく優雅にお辞儀を返した。
そんな仕種を見ると、やはりマリカは姫君なのだとピートは思い知った。そのマリカがいま、
ときめくような目でルーワン王子をみつめていることにもピートは気がついた。彼女は荒くれ
男たちの中で、いちばん背が低いのに、いちばん強く存在感を示している王子に胸をときめか
せている。それがピートにはわかる。たぶん、ひと目惚れなのだろう。そういう心の揺れが、
マリカを包んだのだろう。ピートは複雑な気持ちでルーワン王子をみつめてしまう。ルーワン
はピートによく似ていた。髪の色と目の色は違うけれど、違いと言えばそれだけのようだった
。「あなたは」とマリカは言った。「エルモの森にいましたね?」
 質問というより事実の確認といった感じだ。
 ルーワンはおもむろにうなずき返した。
「・・ええ、いました。カイラ国のマリカ姫に逢いたいと思ったのです」
「え」
「けどあの森を抜けた所で執事にみつかりましてね、叱られました。仮にも王子たるもの、正
式な紹介もなくよその国の姫君に逢いに行ったりなどしてはなりません、とね」
 ルーワンは近くまで狩りに出たので、ついでにマリカ姫の領地を見てみたかったのだ、と続
けた。
「やはり」
 マリカはルーワンにうなずいてみせる。彼はエルモの森の入り口に立っていたんだわ。やは
り、彼こそがあの幻の少年なんだ。
 マリカはそう思った。
 旅は終わった。
 そう思った。
 そのおぼろに霞んだ姿を遠くから見ただけで、胸がキュンと締め付けられていたマリカだっ
た。その「恋しい少年」がじつは自分に逢うためにこそ、あそこに立っていたのだと知って、
マリカは舞い上がるほど胸の鼓動を速めていた。
「執事の言うことは理に叶っています。いきなりのこのこと城へまで出向いて行けば、あなた
にもお国にも失礼なことだったでしょう。だから国へ帰ることにしました。あなたとご縁があ
るなら、必ずどこかで逢えるはずだと信じたのです。そして」
 やはり、ここで出逢えました。
 ルーワンは目でそう続けた。
 みつめ逢うルーワンとマリカに、取り囲んでいた荒くれたちは鼻白んだ。
「ガキののろけに付き合ってるほど、暇じゃねえ」
 銀色髭が吐き捨てるように言う。
「ドラゴンを生け捕りにする方法を考えなきゃならねえ。あんたら高貴な身分の方々は後ろに
引っ込んでて貰おうか。この星のバランスがどうのこうのって話なら俺も聞いてる。だがな、
そんな御託はドラゴン相手に通用しねえぜ。奴らはこちらの話なんか聞く耳持たずに、襲いか
かってくる。その恐怖が王家の方々に想像できるか? カッと大口を開けて飛びかかってくる
ドラゴンの、その口の中に手ぇ突っ込んで牙をへし折ることの恐ろしさを知らねえ奴は王子だ
ろうが姫だろうが関係ねえ、ただのど素人だ。ど素人は引っ込んでてもらおう」
 ルーワンとマリカの高貴なオーラに圧倒されて、しかし怯んでしまう自分を鼓舞しようとし
ているのだろう、銀色髭はわざと乱暴にマリカとルーワンを押し退けて、ドスンドスンと篝火
のほうへ歩いて行った。そちらにエルモの実で作った酒が用意されていた。ほかのスレイヤー
たちも銀色髭に続く。彼らは高貴なお方たちを除け者にして、自分たちだけでドラゴンを仕留
める計画を練りはじめた。

(つづく)




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